東京地方裁判所 昭和28年(行)47号 判決
原告 久保田歌子
被告 東京都知事
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告が原告に対し昭和二十九年六月十六日附一復移第四一四号移転命令書をもつて東京都文京区竹早町八十八番地の三所在の井戸一ケ所、コンクリート柵一ケ所その他工作物一切につきした移転命令を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める旨申立て、その請求の原因として、「被告はその施行にかゝる特別都市計画事業における土地区画整理のために必要があるとして、昭和二十八年三月四日付書面をもつて原告に対し東京都文京区竹早町八十八番地の三宅地百七十坪九合二勺のうち東北隅の十一坪(幅十一間、奥行一間、以下本件土地という。)の上に存する原告所有の井戸一ケ所、コンクリート柵一ケ所その他工作物一切につき移転命令(以下第一次移転命令という。)を発し、該命令書は即日原告に到達した。ところが被告は第一次移転命令をなすに当り原告に対し換地予定地の指定をしなかつたので、原告は本訴において右指定処分の欠缺をも理由として第一次移転命令の違法であることを主張しその取消を請求していたところ、被告は昭和二十九年六月十二日附をもつて原告に対し改めて換地予定地の指定通知をなし、次いで同月十六日附一復移第四一四号移転命令書をもつて原告に対し前掲物件を昭和二十九年九月二十四日までに撤去し同月末日限り他に移転すべき旨の命令(以下第二次移転命令という。)を発し、右命令書は翌十七日原告に到達したが、被告は更に同年十月十八日附書面をもつて第一次移転命令を取消す旨原告に通知し、右書面は翌十九日原告に到達した。しかしながら第二次移転命令には次の如き違法事由が存する。(一)被告は本件土地を訴外内藤豊次及び同人が代表者である訴外日本衛材株式会社がこれに隣接して所有する東京都文京区竹早町八十八番地の五及び六の宅地に対する換地予定地に指定したのであるが、本件土地を含む同町八十八番地の三の宅地は昭和十六年以来原告の所有にかゝり、訴外内藤豊次及び同日本衛材株式会社の所有する前記宅地より約十尺高く、石垣及びコンクリート柵を廻らして境界を画し、且つ本件土地内には井戸一ケ所が存在しており、本件土地を換地予定地として指定された訴外内藤豊次及び同日本衛材株式会社においてこれを利用せんがためには前記石垣、コンクリート柵及び井戸を撤去し、且つ本件土地を約十尺切崩して整地しなければならないものであつて、そのためには徒らに莫大な費用の支出を要するばかりでなく、訴外内藤豊次及び同日本衛材株式会社は前記所有土地につき区画整理のため若干の減歩を受けたとはいえ、右土地はそのまゝの状態でそれ自体として十二分の利用価値を有し、しかも原告の調査によれば訴外内藤豊次はその所有土地の所有地区に被告により土地区画整理が施行されようとしていることを知るやいち早く附近の道路敷地等を買集め区画整理に関連して巨利を収めようと企て、他方土地区画整理委員会にも種々運動を試みた事実が存するのであつて、前述の如く本件土地を換地予定地として指定を受けたのも右のような策動に基くものである。これを要するに、訴外内藤豊次及び同日本衛材株式会社に対する前記換地予定地指定処分は原告の犠牲において同人等に不当な利益を与える意図の下になされたものであつて、特別都市計画事業の目的とする公共の福祉にいさゝかも寄与するところなく、都市計画法第一条及び憲法第二十九条の精神に違反するものである。従つてこのように違法な換地予定地指定処分に伴う第一次移転命令は違法であり、この違法はそのまゝ第二次移転命令にも承継されたものというべきである。(二)第二次移転命令は、被告において第一次移転命令を発するにつき原告に対し換地予定地の指定通知をしなかつた違法を認め改めてその通知をした上発し、且つその後第一次移転命令を自ら取消したものであつて、被告は第二次移転命令を発するに当り原告に対して換地予定地の指定をするにつき土地区画整理委員会の意見を聞くべきであつたところ、その手続を経なかつたのであるから、原告に対する前記換地予定地指定処分はこの点において違法であり、この違法は第二次移転命令自体をも違法ならしめるものといわなければならない。(三)仮に(二)に述べたような違法事由が認められないとしても、第二次移転命令は、第一次移転命令の執行が本件において原告の申立に基き裁判所の決定により停止せられ、且つ現に第一次移転命令の取消訴訟が係属中になされたものであつて、しかも第二次移転命令所定の物件撤去期間等が経過した後に初めて第一次移転命令の取消がなされたものであり、結局第二次移転命令は移転命令をなすにつき三箇月を下らない期限を定めるべきものとする特別都市計画法第十五条第一項の規定に違反するものというべきである。よつて叙上のような違法を理由に第二次移転命令の取消を請求する。」と述べ、被告の主張に対し「その主張事実中本件土地の附近一帯の土地に対する区画整理による平均減歩率が二割七分二厘であることは認めるが、原告の所有土地に対する減歩率が被告主張の如くであることは不知。」と答えた。(証拠省略)
被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、「原告主張事実中被告が原告主張の如く原告に対し第一次移転命令を、次いで原告に対する換地予定地の指定を経て第二次移転命令をなし、更に第一次移転命令を自ら取消したこと(但し第一次移転命令に当り原告に対し換地予定地の指定をしなかつたとの点を除く。被告はこの場合にも原告に対し昭和二十四年三月三十一日換地予定地の指定通知を発し、右通知は当時原告に到達したのである。)は認める。第二次移転命令には何等の違法事由も存するものでない。原告が訴外内藤豊次外一名の所有に属すると主張する宅地は訴外内藤豊次のみの所有にかゝり、且つ右宅地と本件土地との高低の差は原告の主張するところとは異り約七尺に過ぎないのであるが、それは兎も角原告の所有した従前の土地である宅地百七十坪九合二勺については本件土地十一坪を除いた残りの現地が原告に対する換地予定地として指定されたのであつて、右の如く減歩になつたのは土地区画整理による道路の拡張等の必要に基くものであつて、しかも減歩率は原告については二割四分九厘(但し帳簿上の面積の比較計算による。)で、その附近一帯の土地所有者についての平均減歩率である二割七分二厘に比して遥かに有利であるところからみても、本件土地を訴外内藤豊次外一名に対する換地予定地の中に含めたこと(本件土地は訴外内藤豊次に対する換地予定地としてのみ指定されたことは前述の通りであるが、仮にこの点に関する原告の主張をそのまゝ認めるとしても)をもつて公共の福祉に反するとする原告の主張の当らないことは明白である。その他原告が第二次移転命令の違法事由として主張するところは根拠のないものというべきである。」と述べた。(証拠省略)
三、理 由
被告がその施行にかゝる特別都市計画事業における土地区画整理のために必要があるとして原告に対し第一次移転命令を発し、その命令書が即日原告に到達したこと、被告が昭和二十九年六月十二日附をもつて原告に対し換地予定地の指定通知をなした上第二次移転命令を発し、その命令書が昭和二十九年六月十七日原告に到達したこと及び被告が同年十月十八日附書面をもつて第一次移転命令を取消す旨原告に通知し、右書面が翌十九日原告に到達したことは、いずれも当事者間に争がない。(尤も被告が第一次移転命令をなすに当り原告に対し換地予定地の指定をしたかどうかについては当事者間に争の存するところであるが、右換地予定地指定処分の欠缺は原告において本件取消訴訟の目的たる第二次移転命令の違法事由として主張するものでもなく、本訴の帰趨に影響を及ぼすものでもないから、この点には論及しないこととする。)
そこで以下第二次移転命令の適否について判断する。
まず被告が本件土地を原告に対する換地予定地から除外してこれを訴外内藤豊次及び同日本衛材株式会社の換地予定地の中に含めて指定したことが同訴外人等に対する不当な利益を与える取扱に当るかどうかについて考えるに、特別都市計画法に基く土地区画整理については耕地整理法が準用されるのであるから、区画整理のためにする換地予定地の指定は耕地整理法第三十条の規定に準拠して行われるべきものであるところ、同条第一項の規定によると換地予定地は従前の土地の地目、地積、等位等を標準としてこれを指定するのを原則とするが、右の標準をもつて相殺をなし得ない部分については金銭で清算することも許されている。すなわち、これは換地予定地を指定するについては地目、地積、等位等を比較考量して従前の土地と等価値の土地に指定することが要請されている反面、具体的な場合として換地に関する技術的困難の故に右の如き要請を現実に充足し得ずこのためにある程度の不均衡を招来することのあるべきを予想し、かかる程度の不均衡はやむを得ないものとして金銭による清算をもつてこれを償う途を開いたものと解すべきである。この見地からすれば換地予定地の指定を受けた個々の者の間に利益不利益の差が存したとしても、区画整理の施行者がその施行について合理的な理由もなく特定の者に故らに不利益な処分をしたとか或は特定の者にとつて特にその不利益が著しいとかいう場合でない限り、換地予定地の指定において不利益を蒙つた者に対する処分が直ちに違法となるとはいえないのである。これを本件について観るに、証人小島一三及び同大西勝吉の各証言によると、本件土地が原告に対する換地予定地から除外された結果による原告の減歩率は二割五分前後で、附近一帯の土地についての平均減歩率である二割七分二厘(この点は当事者間に争がない。)に比してむしろ低いのに反して、本件土地を換地予定地の一部として指定された訴外内藤豊次及び同日本衛材株式会社(被告は本件土地は訴外内藤豊次に対する換地予定地としてのみ指定されたと主張するがこれを認めるに足りる証拠はなく、成立に争のない甲第二号証の二、三及び乙第一号証によれば本件土地は訴外内藤豊次に対する竹早町八十八番の五及び六の土地の換地予定地並びに訴外日本衛材株式会社に対する同町百二十一番乃至百二十三番の各一及び大塚窪町十一番の四の土地の換地予定地として指定されたことが認められる。)の所有土地についての減歩率は原告の前記減歩率より高率であつて、原告の所有土地に対しては本件土地の外、表側道路に面した部分をも減歩した現地を換地予定地として指定したのであるが、叙上各換地予定地指定処分に際し被告は区画整理施行地区内における道路の拡張等のために必要とする土地の面積等を勘案して従前の土地に対する平均減歩率を算出し、これに則つて耕地整理法第三十条第一項の規定の趣旨に副い極力土地所有者間の公平を期するよう換地予定地指定処分を行つたことが認められ、右認定に低触する原告本人尋問の結果は措信することを得ず、他に右認定を覆して訴外内藤豊次及び同日本衛材株式会社に対する換地予定地指定処分が原告の主張する如く原告の犠牲において同訴外人等に特別の利益を与えたものであるとの事実を認定するに足りる証拠はない。してみれば本件土地を訴外内藤豊次及び同日本衛材株式会社の換地予定地に指定した処分についてはこれを違法ならしめるべき上述したような事由は存在しなかつたものというべきである。
次に被告が第二次移転命令をなすに当つて原告に対してした換地予定地の指定につき土地区画整理委員会の意見を聞かなかつたことによつて第二次移転命令が違法とされるべきかどうかについて考えるに、証人小島一三の証言によると、被告は第一次移転命令をなす際原告に対する換地予定地の指定をするについて土地区画整理委員会の意見を聞いたことが認められ、右認定を動かす証拠はないところ、第二次移転命令の際における原告に対する換地予定地の指定と上掲換地予定地の指定とは同一の内容のものであつたことが成立に争のない甲第二号証の二、三及び甲第四号証を彼此比照することによつて明白であるから、仮に被告が第二次移転命令に当つて原告に対してした換地予定地の指定について改めて土地区画整理委員会の意見を聞かなかつたとしても、これがために右換地予定地の指定処分が違法であるとすることはできない。
最後に第二次移転命令が原告主張の如き事由により特別都市計画法第十五条第一項の規定に違反するものとせられるべきかどうかについて考えるに、行政庁自らによる行政処分の取消は、当該処分が争訟手続を経て行われたものであるとか、その然らざるものについてもこれが取消により国民の既得の権利若しくは利益を侵害し又は公共の福祉を阻害するとかいうような特別の事情がある場合は格別一般に許されるべきものであるところ、本件における被告の第一次移転命令の取消が上記の特別事情のある場合のいずれにも該当するものでないことは疑の余地を存しないところである。第一次移転命令の執行が裁判所の決定により停止され且つ該命令取消の訴訟が現に係属中であるということは、第一次移転命令に対する被告の取消権を排除すべき事由とはなし難く、更に形式の上からのみいえば、第二次移転命令が原告に対してなされた当時には第一次移転命令がなお存続し、これが取消はその後においてしかも第二次移転命令所定の物件撤去期間等が経過した後に至つて始めてなされたものではあるが、叙上の経緯から観て被告は原告に対して第二次移転命令をなすことによつて同時に第一次移転命令を取消す黙示の意思表示をしたものであつて、その後書面をもつてなされた第一次移転命令の取消は単に前述の取消を確認する趣旨においてなされたに過ぎないものと解するのが相当である。してみれば第二次移転命令が原告に到達した昭和二十九年十月十九日当時第一次移転命令は被告により適法に取消され、同時に新たに第二次移転命令が原告に対してなされたものというべく、第二次移転命令による物件撤去期限等はその時から三箇月を下らない期間を存して定められていることが明らかであるから、右期限の定に関する違法を理由に第二次移転命令の適否を云々することは許されないものといわなければならない。
以上判示した通り第二次移転命令には何等違法の点はないので、原告の本訴請求は理由がないものとしてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の如く判決する。
(裁判官 飯山悦治 桑原正憲 栗山忍)